WHAT’S HACKETT LONDON?

5人の識者が語る
いま、気になる英国ブランド
“ハケット ロンドン”とは?
第3回 長谷川喜美さん(ジャーナリスト)

紳士服の世界で「Mr.クラシック」と呼ばれるジェレミー・ハケットが、1983年にスタートさせたハケット ロンドン。英国調のトレンドのなか、当連載では本物のモダン・ブリティッシュ・スタイルを標榜するこのブランドの魅力を、5回にわたってファッションや英国文化に造詣が深い識者たちが解き明かしていく。第3回は、公私ともにジェレミーと親交のあるジャーナリストの長谷川喜美さんが登場。

ジャーナリストの長谷川喜美さん。

ジェレミー・ハケットさんとの出会いはいつですか?

以前から面識はあったのですが、親しくなったのは2016年に『MR CLASSIC YESTERDAY & TOMORROW』(万来舎)というフォトエッセイ集を一緒につくってからです。ジェレミーの前作『MR CLASSIC』(Thamas & Hudson)を刊行してから10年くらい経っていたこともあり、「そろそろ新しい書籍をつくりたいね」という話をしたのをきっかけにプロジェクトがスタートしました。『MR CLASSIC』はハケット ロンドンの服が中心の構成でしたが、『MR CLASSIC YESTERDAY & TOMORROW』はもっと彼のパーソナルな部分にフォーカスした内容です。ジェレミーが書き溜めていた原稿を基に、私が構成を考えて、日英併記にして一冊にまとめました。また当時、彼がインスタグラムで趣味の写真を公開しているのを見て、それがとても印象的だったんです。画角の切り取り方にも本人ならではの美学が感じられたので、この作品ではできるだけジェレミーが撮り下ろした写真を使っています。

『MR CLASSIC YESTERDAY & TOMORROW』のコンセプトを教えてください。

長谷川さんが構成・翻訳を担った『MR CLASSIC YESTERDAY & TOMORROW』は、現在でも購入可能。

これまで、彼がどういう経緯でファッション業界に身を投じたかなどを記した書籍はほとんどありませんでした。ハケット ロンドンは父親から受け継いだビジネスだと思われることもあるようですが、ジェレミーがいちからつくったブランドです。今は創業者の名前が残っていても、どんどんデザイナーが変わってしまう時代ですよね。そういう意味でも珍しいケースですし、彼が描く世界観をもう一度一緒につくるのは面白いと思いました。ジェレミーがどんな服を選んで、どう着ているのか、といったところから、旅のアイデアやパッキングの方法など、彼のライフスタイルを垣間見られるような一冊になっています。

長谷川さんが構成・翻訳を担った『MR CLASSIC YESTERDAY & TOMORROW』は、現在でも購入可能。

特に印象に残ったページがありますか?

「エキセントリックな装いは、自分のスタイルから自然に滲み出るものでない限り避けたほうが無難だ」というくだりがあるのですが、要は奇をてらったような格好はするな、ということですよね。英国人には“俺は着飾ってる”“格好いい俺”を出すのは、逆に格好悪いという価値観があります。例えば、何かアクセサリーをつけたとしても、自分で少しでもやりすぎだと感じたら、それは外すべきだと考えるんです。また、ジェレミーは自らのスタイルに自信をもつべきだとも言っています。服好きであればあるほど、オーソドックスな格好をしていると、何かを加えたくなってしまいますよね。でも、自分に自信をもつことで、そうした過剰な装いは避けられる。いわゆる、ダンディーと呼ばれるようなひと目で洒落者と言われるような格好は、紳士と呼ぶにはふさわしくないということなんです。

英国人の好むアンダーステイトメントの服装術ということでしょうか?

確かに、英国には控えめな表現が美徳とされる文化があります。ジェレミーが伝えたかったのは、自然さからかけ離れた過剰な自意識や、コスプレのような着こなしは滑稽だということだと思います。すごく本人の個性が強くて、みんなが認めざるを得ないくらいすごい人であれば、“あれがあの人のスタイルだから”となるかもしれませんが、普通の人はやっぱり難しいですよね。ただ、ジェレミーのチャーミングなところは、せっかくドレスアップしてパーティーに出席するのなら、他人からお洒落だと思われたいという自意識を自分も捨てきれずにいる、と正直に話すことですね。

ところで、長谷川さんはなぜ英国に興味をもったのですか?

もともとは英国文化への憧憬からですね。2011年に上梓した『英国王室御用達 -知られざるロイヤルワラントの世界』(平凡社新書)の執筆が、いろいろな意味での転機となりました。英国が面白いのは、多くのものが厳密な規定によって制度化されていることでしょう。英国王室御用達はロイヤルワラント協会という組織によって、あらかじめ決められた規定に基づき認可されています。逆に言えば、こうした確固としたシステムがあるからこそ、今もあれだけの制度を保っていられるのだと思います。日本の場合は宮内庁御用達制度がありましたが、認定条件は公開されていません。英国王室御用達の場合は、現在、認定されているのは八百数十社といった数字から、直近5年間の連続した受注が申請の条件になっています。

ジェレミー・ハケットがアンティークマーケットで見つけたウィンザー公のブーツのストーリーは、共著の本にも紹介されている。

メンズファッションへ関心も、そのあたりからですか?

そうですね。私は女性なので、実際に自分が着たくてというより、ジャーミンストリートやサヴィル・ロウの特殊な世界観に触れたことが大きかったと思います。ロンドンには世の中の人たちがイメージする英国紳士みたいな人は驚くほど少ないのですが、あのエリアだけは特別で、英国文化を象徴する場所だと思うんです。しかも、それが形骸的ではなく、王室を頂点としてすべて形として残っています。男性のスーツや靴など、あれだけ人の手をかけているものは、クラフツマンシップの観点からいえば、ウィメンズでは非常に少ないんです。私はどんな人たちがどんなところでつくっていて、どんなストーリーがあるのか、そこに魅力を感じるので、取材を通して理解を深めるほど、メンズファッションにおけるクラフツマンシップの奥深さにどんどん惹かれていきました。

長谷川さんは英国だけではなく、イタリアのメンズスタイルにも精通していますが、両者の違いは何なのでしょう?

まずは人種が違うのが大きくて、アングロサクソンの文化とラテンの文化では、美的感覚がまったく違うんです。いいと思うものが違うから、できるものも違います。それがはっきりと反映されているのがビスポークです。例えば、手縫いにしても、イタリア人の場合はそれをアピールするのが当たり前で、“なぜ、誇っちゃいけないんだ”というのが彼らの感性です。ただ、貴族文化は英国からの影響が強いので、北に行けば行くほど、貴族的な階級の人ほど、英国人の価値観に近づいていきます。一方、南イタリアはまったく違う文化で、装飾的なものが大好きですよね。ナポリを取材していて驚いたのは、彼らは“不完全のなかの美”を追求していると言うんです。手でつくることによって、左右対称じゃないけれども美しいものをつくり出せるのが人間の素晴らしさなんだ、みたいな感覚です。

英国人だと、それはどうなるのでしょうか?

彼らには、手縫いがわかること自体が気恥ずかしいという感覚があります。人間の体温がたくさん表れているのが垢抜けない、みたいな感じです。例えば、ピックステッチ(AMFステッチ)というのがありますが、ああいう表現はいかにも手縫い風であることを強調するための装飾的な意味合いが強く、野暮だと感じるようです。このように、美意識によってでき上がりもまったく違うのがビスポークの面白さですね。

ジェレミーさんのどんなところに英国紳士を感じますか?

彼はすごく周囲の人に優しいんです。相手に対してとても気を遣うし、常に相手を喜ばせようとか、ちょっと笑わせようというユーモアがある。そういうところが紳士的ですよね。英国人は冷たい、とよく言われますが、ジェレミーはそんなことがなくて、すごく謙虚。例えば、『MR CLASSIC YESTERDAY & TOMORROW』を出版したときに、タイトな来日スケジュールのなか、日本で一緒にトークショーをしたのですが、いろんな人に呼び止められてずっと話しかけられてもまったくイライラせず、サインにも快く応じるんです。誰に対してもそうなので、なぜなのか聞いたら「10代のころは皿洗いをしていたのに、自分のファッションブランドをもつことができて、みんなが“いいね”と言ってくれる。こんな素晴らしい仕事をしているのに、不機嫌になる理由なんかないじゃない」と話していました。

ジェレミー・ハケットが長谷川さんに贈ったハンチングキャップ。この日、長谷川さんが着ているプリンス・オブ・ウェールズ・チェックになぞらえたフランネルのキャップには、エドワード8世の戴冠式(1936年)を記念して販売された貴重なヴィンテージのバッジ付き。

人と接するのが好きなんですね。

そうかもしれません。レストランに行って一緒に食事をしていても、「相手の気持ちを考えて、自分がしてほしいことをするのがサービスの本質だ」とよく口にします。また、彼のお母様はお針子で、お父様も生地関連の仕事をしていたような普通のクラス出身で貴族ではありません。だから、「自分は贅沢じゃない」ともよく言いますね。ファッションの道に足を踏み入れたのは、サヴィル・ロウのテーラーから。そこで5年間働いた後、友人と一緒にヴィンテージの古着を扱う店を始め、徐々に自分がデザインした服を増やしていったそうです。やはりセンスが良かったんでしょう。とても人気で、よく売れたそうです。そして、クラシックなスタイルが好きだった彼にとって、サヴィル・ロウで働くのは必然だったのでしょう。

サヴィル・ロウは紳士の聖地であり、しかも特別な階級の人たちが集まるところだと思っていました。

ジェントルマンという言葉は、もともと階級に縛られない精神的な有り様を示しています。どのクラス出身というのは関係なく、ジェレミーの紳士的な側面は、まさにジェントルマンといえるでしょね。あと、英国紳士の服装術というと厳格なルールがあると思われがちですが、脛を見せないとか、アクセサリーは結婚指輪のみといった基本のルールを除けば、最も大切なのは彼のような他者への配慮であり、それがすべてのバックボーンになっています。実際、彼の格好はガチガチの英国調ではありませんし、イタリアの素材なども取り入れています。ヴィンテージアイテムを扱っていた経験から、ミックス感覚にも長けているんでしょうね。そのバランスがちょうどいいというか、モダンにアレンジされているのにちゃんと英国スタイルに見えるところが、ハケット ロンドンの魅力だと思います。

次回は、長山一樹さん(フォトグラファー)が登場!

今回のゲスト
  • 長谷川喜美/ハセガワヨシミ
    ジャーナリスト

    英国とイタリアを中心に、ファッションとビジネス、双方の視点からヨーロッパ文化について研究・執筆を行う。クラフツマンシップやメンズスタイル、特にテーラリング、ビスポークシューズなどに造詣が深く、雑誌を中心とするメディアに寄稿している。著書に日本語、英語、イタリア語の3カ国語で世界発売された『Sartoria Italiano』(万来舎)、『SAVILE ROW』(万来舎)、『英国王室御用達 -知られざるロイヤルワラントの世界』(平凡社新書)など多数。

ハケット ロンドンとは

紳士服の世界で「Mr.クラシック」と称されるジェレミー・ハケットが1983年にスタートさせた英国ブランド。創業者ジェレミーのサヴィル・ロウのテイラーで積んだ経験と、アンティークに対する情熱やセンスがコレクションに色濃く反映され、現代紳士のビジネスやカジュアルシーンを支えるブランドとして世界中から愛され続けている。また、2018年秋冬シーズンから、ストライプデパートメントでの取り扱いを開始。

旗艦店が銀座に

2016年にオープンした「ハケット ロンドン 銀座」は、英国リージェント・ストリートのストア同様にジョージアン様式をベースに、ポートベロー・ストリートで収集されたヴィンテージアイテムやアンティーク家具、装飾品が整然とディスプレイされ、チェルシー地区にあるジェレミーの邸宅を彷彿とさせる。オンとオフの紳士のためのワードローブが幅広く揃い、パーソナル テーラリング サービスも展開。

ハケット ロンドン 銀座

住所:東京都中央区銀座5-2-1 東急プラザ銀座1F
TEL:03-6264-5362
営業時間:11:00〜21:00 不定休

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